火力発電の基礎② 〜開いた系とエンタルピー〜

キーワード:閉じた系、開いた系、流れ仕事(排除仕事)、エンタルピー
難易度:★★★☆☆(三種レベル)


熱力学第一法則を書き換える

前回の記事では、内部エネルギーの変化量は外部から加えた熱エネルギー仕事総和に等しいという熱力学第一法則について説明しました。
熱力学第一法則での仕事は、あくまで外部から加えられるものについて考えていましたが、火力発電において重要なのは、逆に気体が外部(タービン)に対してどれだけの仕事するのか、ということです。
外部からプラスの仕事をされたとき、逆に気体の立場から見ると外部にマイナスの仕事をしていることと等しくなります。
そこで外部からされた仕事W'を、外部にした仕事Wに置き換える(W' = -W)と、熱力学第一法則の式ΔU = Q + W'ΔU = Q – Wと書き換えられるため、移項すると以下の式のようになります。


この式は、気体に熱エネルギーを加えると、一部は内部エネルギーの変化に使われ、残りは外部への仕事に使われる、ということを意味しています。


閉じた系における仕事
それではいよいよ気体が外部にする仕事について考えていきます。
まずは前回の繰り返しになりますが、閉じた系について考えましょう。


図のように気体に熱エネルギーQを加えたとき、気体は外部に仕事Wをしつつ内部エネルギーU1からU2に変化したとします。
この変化の前後におけるエネルギー保存則を立てると、


となるので、移項すれば、


となり、当然ですが冒頭で説明した式と一致します。


開いた系における仕事

次に開いた系について考えます。
開いた系とは火力発電におけるタービン室のように、気体が流体として入口から出口に向かって流れている、つまり閉じた系とは異なり物質(気体)の出入りが可能な系のことを言います。


この場合、気体は流れているため速度を持つので運動エネルギーKが存在し、また、出口と入口に高低差がある場合は位置エネルギーZも存在します。
さらに、水力発電のときに説明した圧力エネルギーに相当するエネルギーも存在します。
これは後続の流体に押される仕事であり、熱力学においては排除仕事流れ仕事などという呼び方もされます。
その大きさは水力発電のときも説明した通り、ある断面における圧力p1秒間にその断面を通過する流体の体積Vの積pVで表されます。
そして当然、気体内部の分子の熱運動に起因する内部エネルギーUも持っています。
この系において、タービンで仕事Wtをしたとき、タービンの前後におけるエネルギー保存則を適用すると以下の式のようになります。



エンタルピーとは?
実際の火力発電においては、非常に高い熱エネルギーを蒸気に持たせているため、タービン前後の流体の運動エネルギーの差K1 - K2や、高低差による位置エネルギーの差Z1 - Z2無視しても差し支えありません。
したがって上述した開いた系におけるエネルギー保存則の式は以下のように近似されます。


右辺が若干複雑なので、気体の内部エネルギーU流れ仕事pVをまとめてH = U + pVと置くと、上式は以下のようになります。


閉じた系のエネルギー保存則と見比べると非常に似た形をしていることが分かりますよね。
火力発電では開いた系について考えるので、内部エネルギーUではなく、内部エネルギーU流れ仕事pVを足し合わせたこのHというパラメータを導入すると非常に便利なことが予想できると思います。
このH = U + pVエンタルピーと呼びます。

熱力学ではエンタルピーの概念が理解できずにつまずく方が多いですが、熱力学の理論を火力発電などの工学分野(開いた系)に応用するときに便利だから導入されているだけであって、エンタルピー自体が何らかの実体を持っているわけではないのです。

ちなみに『熱力学第一法則によれば熱エネルギーQは内部エネルギーUと仕事Wの和であるということだったから、流れ仕事pVというのは内部エネルギーUとひとまとめにするというよりも、仕事Wtの方に組み込むべきではないか?』と思った方もいると思います。
そのあたりは電験の範囲を逸脱するので今回は触れず、今後コラムでも書こうと思います。

まとめ
①閉じた系:
物質のやり取り ⇒ 不可

②開いた系:
物質のやり取り ⇒ 可

③流れ仕事(排除仕事):
後続の流体に押されることによって受ける仕事(エネルギー)

④エンタルピー:
内部エネルギーと流れ仕事の和(H = U + pV)
開いた系の場合に扱いやすいため導入

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